夜の診療で、嘔吐が続く高齢猫を診ているとします。腎数値は上がっているけれど、それだけでは説明しきれない気がする。膵炎か、消化管の腫瘍か、それとも見落としている何かがあるのか——。院内に相談できる獣医師がいれば「ちょっと見てもらえますか」で済む場面ですが、一人で診ている病院ではその一言が言えません。
私は腫瘍科の認定医として他院の先生から相談を受ける立場ですが、同時に、自分の専門外の領域では「誰かに壁打ちしたい」と感じる一人の臨床医でもあります。このコラムでは、その壁打ち相手としてAIを使う方法を、実際の使い方のレベルで書きます。
鑑別リストは経験の関数で、経験には偏りがあります
鑑別診断の網羅性は、教科書の知識よりも「これまで何を診てきたか」に強く依存します。開業して長い先生でも、地域や診療方針によって症例の分布は偏るので、誰にでも「思いつきにくい疾患」があります。若手ならなおさらです。
怖いのは、知らない疾患は鑑別に挙がらないことです。挙がらなければ検査もされず、除外もされません。この「そもそもリストに載らない」問題は、自分一人では気づきようがない構造をしています。だからこそ第二の視点が要るのですが、獣医師1人で診療を回している動物病院は珍しくなく、そこには相談相手が物理的にいません。
AIを「答えを出す係」ではなく「リストを広げる係」として使う
私がおすすめする使い方は、診断をAIに委ねることではなく、鑑別リストの突合です。手順はこうです。
まず自分の鑑別リストを先に作ります。次に、シグナルメント・主訴・経過・検査所見をAIに渡して、鑑別リストを挙げさせます。そして両者を見比べて、AIのリストにあって自分のリストにないものだけを検討します。多くは「考えたが可能性が低いので外した」ものですが、ときどき「そもそも思いついていなかった」ものが混ざります。それが見つかれば、その相談は元が取れています。
情報の渡し方のコツ
渡す情報の質で、返ってくる鑑別の質が決まります。紹介状と同じで、「高齢猫、嘔吐」ではなく「13歳避妊済み雑種猫、体重3.2kg(半年で0.6kg減)、5日前から嘔吐が1日2〜3回、Cre 2.8・BUN 45・T4正常、エコーで小腸壁の層構造不明瞭」のように、実測値と時系列で渡してください。陰性所見(「下痢はない」「食欲はある」)も鑑別を絞る重要な情報です。
AIに任せてはいけない部分
最終的にどの鑑別を採用し、どの検査に進み、どう治療するかの判断は獣医師の仕事です。AIは目の前の患者を触れませんし、飼い主さんの事情も、その子の「いつもと違う感じ」も知りません。また、AIの回答には誤りが混ざり得ます。自分のリストに無かった疾患が挙がったときは、そのまま採用するのではなく、成書や文献で裏を取ってから検査計画に載せる。この一手間までがセットです。
「紹介するほどではない」症例こそ相談の価値があります
二次診療に紹介するほどではない、でも少し引っかかる——実は、この温度感の症例がいちばん危険です。紹介のハードルを越えないまま、モヤモヤだけが残るからです。相談のコストがほぼゼロになれば、この「少し引っかかる」を全部確認に回せます。見落としを防ぐ仕組みとしては、それがいちばん現実的だと考えています。
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